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【アラベスク】  第12章 マジカル王子様



第2節 権力の天秤 [8]




 今度は掠れたように笑う。どうにもバカにされたようで、聡は少々気分が悪い。だが、別に声を荒げて怒ろうとは思わない。
「噂話なんてものに興味はねぇよ」
「あるのは大迫美鶴だけだもんな」
「からかってるのか?」
「あぁ」
 あっけらかんと答える蔦に、聡は呆れたようにため息をついた。
「殴るぞ」
「お前は、無抵抗な人間に手をあげる事はできないよ」
 知ったように言われ、もう反論する気分も起きない。
「で? 喧嘩が何だって?」
 うんざりと、蔦と並ぶように校舎に背を預けた。
 話を戻そうとする聡の言葉に、蔦はそうだったと言うような表情で口を開く。
「アイツら、俺たちがそのまま喧嘩別れすると思ってたんだ」
「はぁ?」
「でもアテが外れた。だからキレたんだろうな」
「そんなもん、こっちに関係あるか?」
「関係あるかないかなんて、関係ないんだよ」
 わき腹を摩る。
「手を出してくるなんて、よっぽど期待してたんだろうな。俺たちが別れるの」
 そんな事、あるわけないのに。
 思うと笑えてくる。
 俺は、ツバサと別れる日が来るなんて、これっぽっちも思ってない。
 そんな相手の表情に、聡はムスリと唇を尖らせる。
「仲直りはしたんだろ?」
「あぁ、数日の事だったよ」
「原因は何だったんだよ?」
 どうせくだらねぇ痴話喧嘩だろ?
 そんな聡を見る事なく、蔦はふと瞳を細めた。
「たぶん、田代(たしろ)さんだな」
 田代。
 その名前に、聡は思わず肩を揺らしてしまった。過剰とも思える反応を示してしまった事に軽い後悔をしながら、だが聡は問い返さずにはいられない。
「田代?」
「あぁ」
「田代って」
 脳裏に浮かぶ、子犬のようなクリクリとした瞳。
「田代里奈(りな)か?」
「あぁ」
 他に誰がいると言いたげな蔦。
「田代里奈さんだよ」
 弱々しく笑いながら見上げる蔦とは対照的に、胸の内に不快感が充満する聡。
 聡は、田代里奈が嫌いだ。
「アイツ、何かやったのか?」
 里奈がツバサの通う唐草ハウスとやらで生活しているのは、聡も知っている。その孤児院のような施設が、美鶴の住むマンションから歩いて行けるという事も。
「アイツ、今度は何やったんだ?」
「今度?」
 怪訝そうに首を捻る蔦から視線を外し、憮然と背中で校舎の壁を叩く。
「美鶴に迷惑かけて、今度はお前らかよ」
 イライラと右手の爪を噛む姿に、蔦は慌てて口を開く。
「あ、いや、田代さんは何もやってない」
「でもお前らの喧嘩の原因は、アイツなんだろ?」
「いや、直接は違う」
「はぁ? 何だよ、それ」
「別に田代さんに何かされたとかっていうワケじゃなくって、直接の原因はバスケ部が廃部になって、でもそれを俺がツバサに相談してなくって、それを詰られて、でも話そうと思っててもアイツ、あの時は大迫の事とかで頭がいっぱいだったみたいで、それに」
 そこまでを一気に話し、息を継ぎ、トンッと背中を校舎へ寄せる。
 原因は、一つではない。いろいろな事が絡み合っていた。
「それにツバサ、田代さんと俺の事、ちょっと気にしてるみたいで」
「お前とアイツ? 何だそ―――」
 何だそれ? と言いかけ、そこでようやく聡は目を見開いた。小さな瞳に動揺が浮かぶ。
 蔦康煕は中学生の時、田代里奈と付き合っていた。非常に短い間ではあったが。
「俺も田代さんも、今はどっちも何とも思ってないんだけど、でもツバサはやっぱり気にしちゃってるみたいで。その態度に俺もイラっときてたところがあって」
 ふーっと大きく息を吐く。
「俺の方からいちいち言ったりすると逆に言い訳がましく聞こえるかと思って敢えて触れなかったんだけど、それが余計に不安にさせたみたいで」
 蔦の言葉を、聡は無言で聞いていた。だが半分は、考えていた。
 悪いのはお前らじゃないさ。
 いつでも身を(すく)め、誰かに何か言われやしないかとオドオド視線を揺らし、悪いとも思っていないだろうにすぐに謝罪の言葉を口にし、そしてすぐに泣く。
「お前らが悪いんじゃない」
 気がつくと、聡はそう口にしていた。
「は?」
 見上げる蔦の視線などお構いなしで、聡は繰り返す。
「お前らが悪いんじゃないよ」
「何が?」
 半分呆気に取られたような蔦と向き合い、ズボンのポケットに両手を突っ込んで、聡はキッパリと答えた。
「悪いのはアイツだよ」
「アイツ?」
「田代」
「え? あ、いや、だから田代さんは」
「結局悪いのはアイツなんだよ」
 言い訳しようとする蔦の言葉を強引に遮り、聡は乗り出すように相手を見下ろす。
「今頃になって出てきやがって。お前の事をなんとも思ってなくったって、どうせはっきりと態度で示してるワケじゃねぇんだろ?」
「どうだろう?」
 蔦は唐草ハウスでの里奈を知らないので、今の彼女の普段などは知らない。
 首を傾げる相手に、聡は足で地面を蹴る。
「どうせあの唐草ハウスってところでも、よくわからねぇ態度で涼木を悩ませてるんだろうよ」
 でなければ、あの明朗で快活な涼木聖翼人が、蔦を苛立たせるほど思い悩んだりなどするものか。聡にはそう思える。
「だいたいさ、今でもイジイジとあの施設に篭ってるって事自体が、厚かましいんだよ」







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